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リカバリーと退屈

下のエントリの深夜ノリがひどすぎる
ていうか起きた時半分ぐらいおぼえてなかった
書いた奴はバカに違いない(知ってるから許してください)

気を取り直してさいきん注目〜☆ のスタギタさん☆




音源まだちゃんと持ってないんだけど、いずれほしいです☆
でもこの一曲だけ聴くと、キャッチーすぎて微妙かなぁと思わないでもない
もうひとクセ「一筋縄じゃいかないぜ☆」な感じがあるといいな…
いまのところ歌モノも多そうなので、はやくフルアルバムが聴きたい☆

個人的には、くらぶみゅーじっく的なものにはっきりした歌が乗っかってるのってあんまり好きではなく(feat.ディーバ系とか)あくまで楽器的に使われてるほうが好みであります☆
歌声の使い方って、その人のセンスまんま出ますよね 人間の声ってスゴス☆

何回も言うけどブンブンはその点があらゆる角度で奇跡!!
あのトラックにあの声が出会ったのが奇跡!!
そして人間的にも鋼鉄のドSと真綿のドMなのが奇跡!!
ライブ盤楽しみで楽しみでしょうがないぜウヒヒ

ところで半ば私信ですがかわしまさんとほそみんは「根本的に自分を役立たずの嫌われ者だと思ってるところ」が似てるんじゃないでしょーかね
似てるっていうかほぼ同じなんじゃないでしょーかね

いつからブンブンの話になったおい!

あーーーーーーー原稿ぜんぜん進まないしもうもうもうもうC.O.W

シッティーライツ シッティーラアアーイツ
どーこにもいけないーけれどーけれどーーおおー(逃避に失敗)

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ノストラダムスによろしく

なんかそれっぽいことは、なぜ寝る前に思い出すのか?

現在夜中の2時過ぎ、それっぽくもなんともないがワタシはふと「ノストラダムスの大予言」を思い出した。みんなで大騒ぎしたのにべつに何も起きなかった残念なアレを。そして思った。


「ノストラダムスって今どうしてんだろ?」


A.死んでる


そう、ノストラダムスは故人ということすらうっかり忘れがちなぐらい昔にお亡くなりだ。そして故人ということすら忘れがちなぐらい、ノストラダムスのこと自体を普通に忘れている。ワタシは再び思う。

MOTTAINAI

子供のころの出来事や思考や思想はネタの宝庫に違いない。
がんばって思い出してみよう。

・ノストラダムスの予言を信じていた
・というか、幼少期から「明日には世界が滅亡するんじゃないかな」と考えがちだった
・よく「むちゃくちゃ大きなホウキか熊手みたいなやつが空からにゅっと伸びてきて、世界をサラ地にする」ていうイメージにわくわくしていた
・でも、初詣とか行くと「世界が平和でありますように」とポジティブな願いごとをしていた

・唯一覚えている将来の夢は「バイクの免許を取る」
・節子それ夢やない、通過点や/(^o^)\

・自宅のソファーの隙間が、トトロの抜け穴につながっていると思っていた
・積乱雲は全部ラピュタ

・虫はひらがなの仲間だと思っていて、蛾を見ると「る」が飛んでる!と言っていた
・他にトンボは「て」、アリは「ま」、ちょうちょは「ら」ハエは「せ」など「虫=ひらがな」という謎の公式がある(今でも一部有効)
・ただし、クモだけはこの公式が使えない(から嫌い)
・ちなみに蚊は「か」ではなくて「く」(残念)

・よく階段で寝てた
・よく納戸で寝てた
・よく屋根の上で寝てた
・よく水たまりで釣りしてた
・よく犬に追われてた
・よくけっこうなケガしてたけど全部アロエ軟膏で治された
・愛読書がコロコロコミックだった
・「森のくまさん、その後」という絵本を描いた
・中身はちょっといえない




一方その頃ノストラダムスは

「これからの記憶~ボクの未来を生きるボクへ~」(※バンプ風)

と題した恥ずかしダイアリーが未来の人々を翻弄したことなどつゆ知らず、きょうも雲の上でヒツジをモフモフしているのでありました。


ノストラダムスが何者なのかワタシは一切知りません、フィクションなので訴えないでください。



\( 寝る )/


対話篇 1


「エイプリルって覚えてる?」
「四月?」

ベスト(チョッキの事じゃないよ)

去年の個人的ベストアルバムはふくろうずの「ごめんね」にします の件。

・ふくろうず「ごめんね」
・MO'SOME TONEBENDER「STRUGGLE」
・DE DE MOUSE「A journey to freedom」
・のあのわ「MAGICAL CIRCUS」
・BUMP OF CHICKEN「COSMONAUT」

これだ!これです!昨年、ワタシがもっとも聴きまくった5枚!
(バンプは時期的に年明けてから聴いたけど)

レビューとまではいかんですけど、軽く思いのたけを。

ふくろうず「ごめんね」から、意外に思われそうだけどこれは不動の一位。入り口は曲単体の「ごめんね」がラジオで流れてたので。聴いた時「ずっとこの曲を聴きたかった!!」と思ったので。なんか、もう百年ぐらい前からこの曲を待ってたような気持ちがしたので。アルバムについても、その感覚がまったく変わらなかったので。変な言い方だけど、たとえばふくろうずがこの先いっさいリリースせず解散したとしても、この1枚で自分は一生ふくろうずを聴き続けるであろうというたぐいのアルバム。にもかかわらずごめんねワンマン行けなかったのが悔しすぎるボケー。一位からいきなり内容が電波なので次、MO'SOME TONEBENDER「STRUGGLE」、モーサムイズバック!傑作!書くことあんまりない。「モーサム?よく知らないけどロック大好きなんです」とか言う奴はカナダでグリズリーに襲われればいい。いっぺん死んだバンドの、死ななかった部分でできた純度MAXの名盤。ついでに酔いどれももちゃんの「未来は明るいよ」は名言。骨は大事にしてね!次、DE DE MOUSE「A journey to freedom」、これも「やっと出会った!」ていう1枚。同じ系統の音楽あれこれ聴いて「かっこいいけど(自分的に)何かが惜しい」みたいな感想を抱きがちで現在に至った残念な気分がようやっとなくなった。全部ツボ!本人もツボ!色んな意味で、去年一番熱狂したアルバム。どうでもいいけど「new town romancer」の『♪ぽぽぽぽい ひゅ〜』の部分を聴くたび「この人絶対ファミコンやりこんだタイプだ」と思う。実際どうなのかは知らない。のあのわ「MAGICAL CIRCUS」、このバンド(楽団か)を好きなのは、影を描いて光を見せるのではなくて、光を光として描けるから。部分を歌って全体を肯定するエネルギーがあるから。自分がほかに聴くろっくみゅーじっく…というものはよく「ものっすごい絶望の中のチラ光」にスポットを当てがちだったり「セイブミー」「ろくでなし」「クタバレニンゲンドモ」などと言いがちなんだけど(それでも聴くんだけど)、のあのわには『それもこれもみんな喜び』っていう強い芯がある。ここまで『喜び』を堂々と歌うバンドは他に思い当たらない。あと、ライブでゆっこちゃんが近くに来ると、男女問わず目がハート!さいごBUMP OF CHICKEN「COSMONAUT」、これも待ったな…単純に時間的な意味で…。で、なんというか、ふじくんが三十路になったなっていうアルバム(笑)ふじくんの手紙ソング(いつも誰かへの手紙のような歌の意)は「ダイヤモンド」から「魔法の料理」まで一貫して手紙のまま、正直に人生に沿っていくね。しかし、三十歳で『君の願いはちゃんと叶うよ』とか言ってたら四十歳のふじわらはさだまさしみたいになってるんじゃないだろうかと思わないでもない(※アイラブさだまさし)。バンプがバンプを守り続けていることに感謝したいアルバム。
以上5枚、2010年の良き出会いでありました!


なんとなく雑誌のレコ評ぽく書いてみようと思ったら、
改行のタイミングをはかりかねるままになんとなく長くなった。
全てはノリ。



サヨナラわんこ様

かなり重大なご報告です。

「最近、パルス玉ジャーナルないな」と思っていた方も
「そもそも犬どうしたんだよ!飽きたのか!」と思っていた方も
いないこともないと思っているんですが

なんと、

ぶろぐぺっとのサービスが終了してしまいました。バルス!

さよならパルス玉…ちょっとすごい名前をつけてしまったが、おまえはきっと気に入ってくれていたに違いないと思っているよ(子供にDQNネームをつける親の心境たぶんこんな感じ)

今どきついたーだろ誰もブログなんか書かねーよってことですかそうですか
キーーーー
ついたー便利だけど、TLにぽこぽこ出てくるの見てたら興味ないことまでつい読まさっちゃうからな…(それで興味持てればいいんだけど)、コマ切れなので読みとばすのも難しい。困る。ゆえに、気が乗らないときはTLまったく見てないのでありますので、あしからズーです!


そういや、同年代の同僚に「バルス」を知らないと言われた。
そんなひとに人生で初めて会った。

北風のおもひで

その昔、地元でつめたーい風の中を歩いていたとき(たぶん10月末とか)、母が「東京の冬はこんな感じなんだよ」と言った 子供だったワタシは「そうなんだー」と感心したものの、今思えば母は東京に住んだことはないので、単なる自分イメージだったに違いない


と先程ついたーに書いた件

なんでかわからんが、その場面を鮮明に覚えているワタシ
状況としては、つめた~い風がひゅおおおーーと吹いていた
さむかった
雪はまだなかった
ちなみに生協にいくところだった

「北風ぴゅー」「カラッとしている」「雪がない」
とかの要素でオカンは「=東京とかの冬」と思ったのであろう
それはべつに間違いではないんだけど、

たしかその後続きがあって
「東京の人はあまりコートを着ない」
「セーターにマフラーみたいな格好で歩いている」
「雪がふると全体的に休みになる」
「風で電線がよくちぎれる」
等々のなぞの情報をワタシにふきこみました


だいたい嘘でした。


おかん、なんだったんだ、なぜそんなニセ知識を…!
それとも時代的にそういう感じだったとか……いや、ないな…

こっちにきたころは「東京さむい!むしろ東京のほうがさむい!理不尽!」と思っていたものですが、落ち着いたら、どう考えても北海道のほうがさみーよ…と至極冷静に思うのでありました

この時期になるとよく周りの人に
「いまごろって、北海道は昼間でもマイナス○℃とかなんでしょ?すごいよね~絶対住めないよ~死んじゃうよ~」
的なことをよく言われるのですが(あ、不愉快てことではないです)

言われるたびに 「ロシア人どうすんだよ…」

と至極冷静に思うのでありました リスペクト、ロシアン!

空想手記

 ――変電所を見に来ています。


 真夜中の変電所では、ぱりぱりと電気の流れる音が聞こえるのを、あなたは知っていますか?無数の送電線の始まりである「1号」の鉄塔が、すべてが寝静まる時間にもひそかに運動を続け、巨大な電流をその内から放ち続けています。
 「1号」を監視し保護するため、厳重に金網で囲まれたその場所はまるで刑務所のようであり、動物園のようでもあり、水槽のようでもあります。沢山の「1号」たちは何も言わず、囲みの中でじっと直立しています。ぱりぱり、じりじりと、人にはわからない言葉で話をしているのかもしれません。


 何年か前、僕は、管理人と、管理人の管理人、の話を書きました。

 管理人は小さなアパートの部屋で、水槽に入った『宇宙』を毎日毎日……いつからなのか忘れるほど前から、見守ってきました。それが彼の仕事でした。そこへある日「管理人の管理人」がやってきます。管理人の仕事ぶりを組織の上のほうへ報告するため、管理人に会いに来たのです。

 二人はほかに何もない部屋で『宇宙』を挟んでぽつぽつ言葉を交わすうち、距離を縮めてゆきます。会話のほとんどは忘れてしまいましたが、「管理人の管理人」はある時、管理人に訊きます。

 ――あなたは寂しいの?

 わりと唐突な台詞です。管理人の返答も忘れてしまいましたが、確か、二回訊きます。
 管理人は一匹の犬のことを気にかけていました。あの有名なライカ犬です。自分が『宇宙』を手放したら、孤独に死んだ犬のこと、ちりになった宇宙飛行士のこと、遠ざかる衛星のこと……彼らを覚えているものがいなくなるから、自分はこの部屋を出られない。そう言い続けていました。彼らの寂しさを引き受ける自らの寂しさが、管理人を実感として生かしていたのです。
 「管理人の管理人」は言います、そんなのはかなしい。ほんとうは管理人にもわかっていました、ドアの外にはいくつかの違う生き方があって、それを選んでも誰も彼を咎めないということを。


 今思えば、ずいぶん悲しい話でした。なぜそんな話を書いたのかといえば、僕もライカ犬のことをたびたび思い出していたからです。
 僕は物心ついたときから、寂しいひとが好きでした。悲しみをはらんだものに惹かれました。理由ははっきりしません。ただ、僕にとって生きることは悲しいことです。「生きていると悲しいことがある」のではなく、生きることそのものが、大きな悲しみです。ひとりきり宇宙へ飛んだ黒い犬は、身勝手ながら、どうしようもなく僕の同志のような気がしてならなかったのです。

 最後、小さな水槽を守ることを自身の存在意義のすべてとしてきた管理人が、部屋を出る決意をします。きっかけは些細なことだったはずです。カプセルの中で息絶えたライカ犬とは違い、管理人はいつでも外へ出られると知っていたのですから。
 そして、そうとは計れないような簡単な言葉で、自然な動作でドアを開けます。そうしたかったのは僕だったのかもしれません。

 僕は二人のその後については何も書きませんでした。だから、置き去りにされた『宇宙』がどうなったか、今でも自分で考えることがあります。
 水槽を叩き割ったことにすれば良かった、でないと、犬は永遠に冷たいカプセルの中だ……。



 巨大なエネルギーを、狭い囲みの中で静かにめぐらせる「1号」たちの終の居場所、それは小さな部屋の小さな水槽に閉じこめた『宇宙』に少し似ています。
 僕の代わりに「1号」たちが夜空へ手を伸ばし続けていて、僕はやはり、寂しい犬のことを忘れられそうにありません。

 ――真夜中の変電所で、僕はそういうことを思うのです。







ゆうべ見た夢の話

ホテル?民宿?旅館?のような宿泊施設(わりと大勢泊まれる様子の建物)に、なんとなく知ってる数人と出かけている。目的は不明だけど、仕事とかではない。バカンスってほどでもないけど遊びにきてる雰囲気。

それぞれ部屋に通される。個室。
友達の部屋はでっかいベッドでやたらゴージャス。西洋風。
自分の部屋だけなぜか畳?に布団が敷いてあってなんか狭い。でも一階でベランダに面していて、すぐ外に出られる作り。しかも目の前は海(砂浜)。
連れの人々には「えー狭くなーい?違う部屋に変えれば?」とか言われるが、ワタシはいっぺんにその部屋が気に入り、「ここがいい!」と言ってその部屋に泊まることにする。

案の定、落ち着くととてもいい部屋に感じた。
疑問なのは、明らかに一人部屋なのに布団が二組敷いてあることだ。部屋の大部分が布団じゃないか。でも放置した。

海は穏やかで青い。いい天気だ。
しばらくのびのびしていたら、窓から鮭が飛び込んできた。
びっちびちである。さすがは海が近いなぁと感心(してる場合じゃない)。
でも熊じゃないので生鮭は困る。海に返した。
ベランダから外へちょっと出ると、すぐ隣にいけすがあるのを発見。そうか、鮭はここから飛んできたのか、海からじゃさすがに距離あるもんな…と覗いたら、飼われていたのは鮭ではなくてタラバガニだった。

……鮭は?










起きた。



「恋人がサンタクロース」てタイトルにどうしても違和感を覚えるこの時期。「恋人が」の「が」にピンポイントでどうしても納得いかないこの時期。
曲を聴けば別におかしくないことはわかるんだけど、
「恋人サンタクロース」のほうがよくない? 「は」。

めりけん的つけたし

下のエントリ、ひさしぶりにド夜中に書いたから、きょう自分で読んだら何が言いたいのか全然さっぱりわからなくて愕然としたので補足?します

要約すると、

悲しいことは悲しいこととして悲しいままだけど
あんまりしみったれたことばっかり言うのもやめようぜ!

てことが…言いたかった…(微塵もねーよ)

あのフジファブリックがもう帰ってこないんだと思うと、
それはそれは悔しいし切ないし涙も出ますけど
もういっぺんだけ志村に会えないかなあと思いますけど

そういう時は
ちょいとヘンテコだよ呪文さ♪王様気取りのめめめめめりけーーん♪
とかなんとか言っちゃおうぜ!

てことが…言いたかった…(曲違いすぎる)

まあ…その…『イブより大事なことだからフジが好きならRTして!』みたいな流れに若干思うところがあったんですよ
命日は祭りじゃないし、クリスマスイブと比べることでもないし、
大事なことを大事に扱うというのはそれぞれに方法があるでしょうけど、
公式RTで一種の儀式みたいにしてしまうのはどうかな、と

思ったんだよ めめめめめりけーーん♪

忘れないで!忘れたくない!という気持ちを持て余すのは誰でもそうだけど、
ムリヤリ乗り越えろとも忘れろとも誰も言ったりしないよ

そういうときこそ、音楽の力があるじゃないか。ね。

Listen to the music

放置してまった


(∩ ゚д゚)何もきこえなーい


忙しかったんです!すごく!たぶん!
実は会社でスリピのレポテキストをぽちぽち書いているのですが、
まあ終わんねー終わんねー
もう今年も終わるのに、いつ…上がるんだ、それ……(イヤな予感Vol.73)

んで、

志村が死んで1年ですね
あまりに驚いたので、当日のことはわりと忘れてしまいました
志村會のこととかは鮮明に覚えてますけどね

悲しいけれども、悲しい悲しいとばっかり言っててもアレだし
わざわざ大仰に誓わなくても忘れないだろうし
事実だけ記憶として残って、あとのものはじわじわ形をかえていくのでしょう
こないだ流星群の日、空をガン見しつつ
東京の空の星は見えないと聞かされていたけど〜 と
条件反射的に口ずさんでいました
見えないこともないんだな〜 と(首が超痛かった)

ところで夜空をじーーーー と見ていると、
空のうえに天国があるようには思われないなーと思いました
ジョン・レノンもなんかそんなことを歌ってましたが
空を見れば見るほど、天国とかあの世とか三途の川とか
そういうものは空のうえにはなさそうだな……
じゃあどこに、と、
それはまあワタシにはどうでもいいことなので追求しませんが
死んだ人たちが行くところがこの空のうえにないということは、
やっぱ目に見える「この世」ではないところにいくんだなーと
流れ星を見ながら考え……

いや、実際はそこまで考える前に首折れそうだったからやめました
後半はいま考えました(すまん)

今後のフジファブリックのことも気にしていますが
やっぱり、それはワタシの好きだったバンドとは大きく違ってしまうので、
どういうふうに思うかまだわかりません

彼は死んでしまったけど、生きている人間はまだ生きる、
実感として残ったのは、たぶんそれだけです
大昔からすべての生き物がそうだったように、
生きているから生きるし、そしていつかは死んでしまうし、
悲しいけれど奇跡的に地球はくるくる回っています 寿司のように

「そろそろ行かなきゃな お別れのセレナーデ
 消えても元通りになるだけなんだよ」

と、志村がわりとあっさり歌っています
長ーーーーーーーい目で見れば、まったくそういうことです
が、現実はそうあっさりめにはできていないのです
長ーーーーーーーい目で見るにはヒトの時間は超短いのです
ということをみんなわかっているから、
人間の生は人生とか呼ばれているんじゃないでしょうか

なんつって〜(だいたいいま考えました)

志村、とっとと生まれ変わってまたロックスターになりなさい
と言いたいけど、大不況だから気が向いたらでいいです
誰でもみんなくるくる寿司の回転の上だから、
いずれ何かがああなってこうなる時がくるでしょう
別れるしかなかったように出会うしかないこともあるでしょう

たぶんね!
だって知らんもん、本当のことは
さ、寝る



「キミに会えたことは キミのいない今日も
 人生でかけがえの無いものでありつづけます」(クロニクル)



writer: モニコ

えらそうな人に会ったら言うんだよ「みんな同じでみんなばかです 」

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