「エイプリルって覚えてる?」
「四月?」
「違う。英語の教科書に出てきた猫の名前」
「そうだっけ」
「忘れた?」
「……私は英字新聞を読めません、しかしこれで鶴を折ることができます」
「あ、そんなのもあった」
「April,can you see the Orion?」
「エイプリル、オリオン座が見える?」
「四月には見えないんじゃない?」
「だから猫の名前だってば」
(四月 思い出すのなら続きをはじめるべきだ)「君の番だよ。何か言ってよ」
「どんなこと?」
「みんながびっくりしそうなこととか」
「ないよ、そんなの」
「嘘でもいいよ」
「『みんな死ね』」
(一月 エチュード)「雨の日は好き?」
「好きよ」
「なぜ?」
「境界線がぐにゃってするから」
「何と何の?」
「世界と自分の」
「ぐにゃってどういうこと?」
「雨の降り始めの、青緑色の匂い。あれは生き物の匂いよ」
「そう?」
「湿った空気は、吐き出す息に似てる」
「それは、そうかもね」
「雨の中でじっとしていると、指先から少しずつ水になれるの。そうしたら、わたしは世界とうまく混ざれる」
「いつもはそうじゃないの?」
「追い出したり追い出されたりするの」
「なぜ?」
「嫌いだから」
「なぜ嫌いなの?」
「それが解れば雨なんか好きじゃないわ」
(十二月 晴れた日の疎外感と雨を待つ鳩の群れ)「『光』。手紙をくれる、電話をくれる、そういうことの集まり。何か聞いたら答えてくれる、またねって笑ってくれる、まただよって笑わせる、そういうことの繰り返し。どこかへ行こうって、これおいしいよって、あいつバカだよねって、そういう声の重なり。元気?いまどこ?たったそれだけのこと」
「たったそれだけ?」
「たったそれだけだよ」
「たったそれだけ?」
「だけど光なんだ」
「たったそれだけなのに?」
「だけどどうして僕なんかが、受け取っていいんだろう」
「たったそれだけなんでしょ?」
「だけど何も返せない」
「たったそれだけじゃない」
「だから尊い」
「たったそれだけが?」
「たったそれだけだよ」
(十月 光について、または錯覚)「生まれ変わったら何になりたい?」
「何にもなりたくない」
「でも生まれ変わったら?」
「人間じゃないものになりたい」
「でも人間になったらどうする?」
「死んで生まれ変わる」
(十一月 殺し文句)「春だねえ」
「夏だよ」
「生きてるだけで悪いことしてる気持ちがするねえ」
「生きてるからだよ」
(五月 春のはじまりと終わり)「落としてしまいました」
「何をです?」
「何だかわかりません、でも、落としたんです、絶対落としたんです、どこにもないんです、さっきまで持っていたのに」
「落ち着いてください」
「もう戻ってこなかったらどうしよう」
「どこで落としたんです?」
「覚えていません」
「どんなものですか?」
「わかりません」
「名前はありますか?」
「それもわかりません」
「じゃあ探しようがないですよ」
「そんな」
「と言われましても」
「……」
「……どうします?」
「探し方だけでも教えてください」
(二月 ロスト)「飛行船はクジラでできてるって、知ってた?」
「クジラはくらげでできてるって、知ってた?」
「くらげは雨でできてるって、知ってた?」
「雨は虫の羽でできてるって、知ってた?」
「虫の羽は砂糖でできてるって、知ってた?」
「砂糖は女の子の声でできてるって、知ってた?」
「女の子の声は果物ナイフでできてるって、知ってた?」
「果物ナイフは思い出でできてるって、知ってた?」
『誰だって知ってるよ』
「思い出は太陽でできてるって、知ってた?」
「太陽は何でできてるか、知ってる?」
(八月 太陽は何でできているか)「どこ行くの」
「あっち」
「行かないんじゃなかったの」
「そう思ってたけど」
「やっぱり行くの」
「行けるかもしれないし」
「行けないかもしれないよ」
「そうも思ってるけど(君は僕だからね)」
「だめだったら?」
「戻ってくる」
「ずるいね」
「そうだね」
「……」
「でも、最後の最後にはどのみちここに戻ってくるよ」
「まあね」
「知ってるくせに」
「そりゃ知ってるよ(僕は君だからね)」
「すぐ会えるよ」
「どうだかね」
(六月 ちょっとそこの世界)「光と音のまんなかくらいの速さで会いに行くいつもごめんね」
(十三月 無題)PR