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春分の日

ではないけどPCの中整理してたら出てきたので。
あと3月なので。きょう春一番が吹いたらしいので。

いつぞや、きららの1000文字小説に応募して載せてもらったやつ。
当時いた職場があまりにもヒマだったので、勤務時間中にどうどうと自分のPCで(仕事してるふりして)書いた記憶があります。給料泥棒。


たたむよ!


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「春分の日」



 牛乳を買いに行くところだった。家を出てすぐ、酒屋の角を曲がっていく春の姿を見た。僕がちゃんと春を見たのは初めてだったので、驚いて、小銭を握ったまま後をつけていった。
 春は年とった犬のように右左に揺れながら、のらりくらりと歩いていった。僕は、信号で追いつこう、次の角でその顔を確かめようとたくらみ、少しずつ足を速めた。しかし春との距離はなぜか縮まらず、僕はどんどん急がなければならなかった。
 郵便局を過ぎ、交番のある通りに出たところで、春の姿が消えた。僕は焦って、いま通った春はどっちに行きましたかと立っていたお巡りさんに尋ねた。若いお巡りさんは誰も通らなかったと言った。
 諦めきれずにしばらく探し歩いたら、春は思いがけずラーメン屋から出てきた。チャーハンでも頼んだのか、ゴマ油のいい匂いがした。ラーメン屋の窓には、いくらなんでも早いだろうに『冷やし中華はじめました』と書いてあった。
 春は相変わらず機敏ではなく、スーパーの前につながれたポメラニアンに吠えられて飛び上がったり、小さな女の子に砂を投げつけられたりしていた。しかし、僕が追いつこうとするとトラックが通ったり、信号に引っかかったりしてどうしてもその背中に届かないのだった。春はどこへ向かうのだろう。
 少し日が傾いてきたころ、橋の上で二人だけになった。途端、鈍かった春の足が急にきびきびと動き始めた。春は思いのほか姑息で、僕の存在に気づきながら知らん顔でのろまに見せていたらしかった。
 ここまできたらひと目顔を見なければ気がすまない。僕が駆け出すと、春はついに全速力で逃げ出した。路地の入り口で身をかがめ、いきなり獣のようなバネで力強く地面を蹴った。ブロック塀をひらりと越え、古い空き家の窓を叩き、梅の枝を一本折った。通りかかった自転車のおばさんがよろめく。春はおかまいなしにスズメの群れを散らし、電線をまたいでどこまでも逃げた。後には、かすかな土の匂いだけが残った。
 見事な逃げ足としか言いようがなかった。完敗だ。
 くたびれてとろとろ歩く帰り道はまだ、ぼんやりと明るかった。交番の前をすぎるとき、春の薄い影が後ろからそっと伸びてきた。
 ……振り向けばいないくせに。
 春は親密に歩み寄るふりで、本当は僕らを走り回らせたいだけなのだ。
 僕は知らん顔で小銭を握り直す。牛乳を買いにいくところだった。

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おわり。
1000文字ってあっという間だな。
載ったとき家族に見せたら「え、続きは?」って言われた。

ねーよ!



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